「あれ?虫歯の痛みが突然消えた?治ったみたい、良かった」
「歯が痛くないから、虫歯なんてある訳がない」
「虫歯は放っておけばそのうち痛みが消えるよ」
虫歯がある患者さんの中には、上記のようなことをおっしゃる方が時折いらっしゃるのですが、これは非常に大きな間違いです。
虫歯は痛みがあるものと痛みがないものがあり、そのどちらも「放っておけばよい」ということはけっしてありません。
虫歯はじょじょに、そしてゆっくりと確実に進行する性質があるため、たとえ痛みを感じない場合でもできるだけ早期のうちに歯科医院で適切な治療を受ける必要があります。
今回は「放置するのは危険!痛みを感じない虫歯のリスクと進行してしまった虫歯の治療方法」について詳しくお話をさせていただきます。
目次
虫歯の痛みは段階的にだんだん強くなっていきます
虫歯は、歯の表面のエナメル質にできたばかりの初期段階では痛みを感じません。
しかし、エナメル質の下にある象牙質に虫歯が進行すると冷たいものがふれたときにシミたり、少しずつ痛むようになり、さらに象牙質の中にある歯髄(しずい)という歯の神経が通う部分に虫歯が到達すると強い痛みを歯に感じるようになります。
そして、虫歯が歯の根っこの部分にまでおよんでしまうと、眠れないほどの非常に激しい痛みを感じたり、何をしていなくても常に歯が強く痛む状態になってしまいます。
通常はこの段階でほとんどの方が歯科医院を受診して治療をお受けになるのですが、痛みを我慢して治療を受けず、根管部分に達した虫歯をさらに放置してしまうと最終的には歯の神経が死滅して歯冠(しかん:歯ぐきから上の歯の部分)がボロボロに崩れ落ち、痛みをまったく感じなくなります。
痛みを感じなくなった虫歯の危険性
歯の神経が死滅した状態の虫歯は痛みを感じなくなるため、「あれ?虫歯の痛みが消えた?治ったのかな?」と誤った判断をしてしまい、治療を受けずにそのまま虫歯を放置してしまう方がいらっしゃるのですが、大変危険です。
痛みを感じなくなった虫歯は、今度は歯の根っこの先に入り込んで炎症をおこし歯を支えているあごの骨を溶かしてしまったり、あごの骨の中に通っている血管内部に虫歯菌が侵入して血液とともに全身をかけめぐり、心筋梗塞などの命にかかわる重篤な症状をひきおこすことが明らかになっています。
虫歯は「脳梗塞」や「心筋梗塞」をひきおこす原因になります
虫歯菌や歯周病菌は血液の中に入ると血管内部の壁に炎症をおこす性質があります。
血液に侵入した虫歯菌は血管内部の腫れをひきおこし、内壁が炎症によってふくらむことで血流が阻害され血液がドロドロになっていきます。
そして、ドロドロ状態になった血液がさらに血管の内壁を傷つけ血栓ができやすくなり、血栓が血管を詰まらせる原因となって「脳梗塞」や「心筋梗塞」などの命にかかわる循環器系の病気を発症してしまうのです。
虫歯は「食欲不振」や「肺炎」をひきおこす原因になります
虫歯にかかった状態で食事を摂取すると、食べものをそしゃくする際に唾液の中に虫歯菌が混ざるようになり、食べものや唾液といっしょに虫歯菌が身体の中へ入り込んでいきます。
そして、身体の中に入り込んだ虫歯菌は食道や胃に侵入し、これら消化器系の器官に炎症をひきおこすことがあります。
さらに、虫歯菌によって食道や胃に炎症が発生すると吐き気や胃の不快感を覚えるようになり、食欲不振の状態になってしまったり、「食欲が湧かないから」という理由できちんとした食事を摂らずにいるとやがて栄養失調におちいる場合もあります。
また、食べものや飲みものを飲み込む機能が低下して誤嚥(ごえん:飲食物が咽頭部分や気道内部に誤って入り込んでしまうこと)しやすい状態になっているご高齢者の方は、虫歯を放置した状態で誤嚥すると虫歯菌が唾液といっしょに肺の中に入り込んでしまい、肺炎をひきおこすケースがあります。
そのほか、虫歯はさまざまなトラブルを全身にひきおこします
顔面の神経の麻痺・顔がゆがむ
虫歯になると歯の痛みによって顔面の筋肉が緊張し、こわばってきます。
通常、虫歯が原因の顔のこわばりは虫歯の治療を受けることで痛みがなくなり症状を改善できるのですが、虫歯を治さずに放置していると顔が緊張した状態がずっと続いてしまい、やがて顔面の筋肉全体を正常に動かせなくなります。
その結果、表情をつかさどっている顔の神経が麻痺し、「顔の半分がしびれる」「口や目の周りにある筋肉を動かしにくくなる」などの症状が発生するケースがあります。
また、虫歯を放置すると歯の根の先から侵入した虫歯菌があごの骨を溶かしてしまい、「顔の形がゆがむ」「左右の顔面のバランスが大きく崩れてしまう」などの症状がおきることもあります。
感染症
そもそも、虫歯はミュータンス菌というお口の中にいる細菌によってひきおこされる感染症の一種です。
しかし、病気や加齢で身体の抵抗力が弱まっているご高齢者の方が虫歯を放置し続けていると身体の中に虫歯菌が入り込んで各器官に感染症をおこしてしまい、最悪のケースでは虫歯による全身性の感染症が原因となって死に至ることもあります。
糖尿病
虫歯になると歯が痛むため、食べものをしっかりとかんで食事をすることがだんだんむずかしくなってきます。
そして、「歯が痛いから」という理由で食事の際にあまりそしゃくをせずに食べものを飲み込んでしまったり、うどんやプリン、ゼリー、おかゆなどのやわらかいものばかりを食べるようになります。
これらのやわらかい食べものは飲み込みやすいためついつい食べすぎてしまい、カロリーオーバーにつながってしまうほか、普段の食事でやわらかい食感のスイーツや炭水化物を大量に摂取し続けていると血糖値が急激に上昇してしまい、インスリンの分泌異常がおきて糖尿病を発症するリスクが高くなります。
また、虫歯で歯が痛むから、という理由で砂糖がたっぷり入った清涼飲料水を食事代わりに飲む方がいらっしゃいますが、糖分を多く含んだジュースや砂糖入りの飲料水を習慣的に飲み続けていると上記と同様に糖尿病を発症するリスクが上がってしまいます。
痛みを感じなくても放置してはいけない虫歯と治療方法について
1.穴が小さく、歯の中が黒く透けた状態の虫歯
歯の表面は硬いエナメル質でおおわれており、エナメル質の下には象牙質という組織があります。虫歯になるとミュータンス菌がだす酸によってまず表面のエナメル質が溶かされ、次に象牙質が溶けて穴が大きく深く広がっていきます。
ところが、虫歯の中にはエナメル質に開いた穴は小さいものの、エナメル質の下にある象牙質ばかりが大きく溶けてしまい、歯の中が黒く透けて見えるようになるケースがあります。
このような「エナメル質に開いた穴が小さく、象牙質の中で大きく広がっている虫歯」は表面の穴が小さいため外部からの刺激が伝わりにくく痛みをかんじにくいのが特徴です。
そして、気がついたときには象牙質の大部分が虫歯菌によって溶かされた状態になっていたり、症状が進行して歯の神経が腐ってしまい、歯の根管内部にまで虫歯がおよんでしまうこともあります。
治療:可能なかぎり歯の神経を残す治療を行います。
歯の中が黒く透けている状態の虫歯で痛みをかんじない場合は、まだ歯の神経に虫歯が到達していない、もしくはすでに神経が虫歯におかされた状態になっているかのどちらかです。
歯の神経にまで虫歯がおよんでいないケースではできるかぎり神経を残す治療を行います。
しかし、神経が虫歯におかされている場合には抜髄(ばつずい:歯の神経を抜くこと)を行い、処置を進めていきます。
2.大きな穴が開いていて、痛みを感じなくなった状態の虫歯
歯に大きな穴が開いており、痛みを感じなくなった状態の虫歯はすでに歯の神経が死滅しています。
歯の神経が死ぬと痛みを感じなくなりますが、痛くないからと言って治療を受けずに放置してしまうと虫歯が歯の根っこに進行していきます。
そして、細菌が歯の根の先に入り込んで炎症をおこしたり、歯ぐきが腫れる、あごの骨が溶ける、といった症状が現れ始め、歯周組織に強い痛みを感じるようになります。
治療:歯の根っこをお掃除する「根管治療」を行います。
歯の神経が死んでしまった状態の虫歯は歯髄を取る抜髄治療を行ったあと、歯の根っこをお掃除して綺麗にする根管治療(こんかんちりょう)を進めていきます。
根管治療では歯の根っこに入り込んだ虫歯をファイルやリーマーなどの専用の器具を使って取り除き、次に、根管の中で細菌が増殖するのを防ぐための薬剤を充填する根管充填(こんかんじゅうてん)を行います。
根管充填では根管の先までしっかりと薬剤が入っているかどうかを確認したのち、フタをしてかぶせ物(クラウン)を歯の上にかぶせて治療を終えます。
なお、根管内部の清掃を行なわなければならないほど症状が進んでしまった虫歯では虫歯菌によって歯が大きく損なわれていたり、歯を削る部分が増えて大きな穴が開いてしまうことがあるため、治療の際にはファイバーコアやレジンコアなどの土台を削った箇所に挿入して歯を補強したのち、クラウンをかぶせるケースがあります。
また、痛みを感じなくなった虫歯で歯の神経のみならず歯の根管内部も完全におかされ根っこの部分が腐っている場合には、抜歯による処置を行います。
3.歯冠部分が崩れ落ち、根っこの部分だけが残った状態の虫歯
虫歯が進行して歯の上部にあたる歯冠部分が崩れ落ち、根っこの部分だけ残っている虫歯は歯の神経が死滅した状態です。
この段階まで虫歯が進んでしまうともはや痛みを感じなくなります。
しかし、痛くないからと言って虫歯をさらに放置すると歯の根の先に虫歯菌が入り込んで炎症がおきてしまったり、あごの骨が溶ける、血管内部に侵入した虫歯菌が全身をかけめぐり心筋梗塞や脳梗塞などの命にかかわる病気をひきおこすなど、重篤なトラブルや病気に発展するおそれがあります。
治療:抜歯をしたのち、インプラントや入れ歯などの義歯治療を行います。
歯冠部分が崩れ落ちて根っこだけが残った状態の虫歯は神経が死滅しているため歯を残す治療は行わず、抜歯による処置をします。
歯を抜いたあとは患者さんのご希望をおうかがいした上でインプラントや入れ歯などの義歯治療を進めていきます。
4.治療をした詰め物やかぶせ物の下で広がってしまった虫歯
一度治療をした歯が詰め物やかぶせ物の下でふたたび虫歯になってしまうことを「二次カリエス(再虫歯)」と呼びます。
二次カリエスは詰め物やかぶせ物の下で進行することから非常に見つけにくく、なおかつ歯の神経を取り除いている場合には痛みを感じないため、気がついたときには神経が死滅して根管内部もすべて腐った状態になってしまっているケースもあります。
治療:詰め物やかぶせ物を取り外し、再度虫歯治療を行います。
二次カリエスになった歯は詰め物やかぶせ物を取り外し、再度虫歯の治療を行います。
このとき、歯の神経を残せるようであれば歯髄は取らずに治療を進めますが、歯の神経が虫歯菌におかされている場合には神経を抜く抜髄をしたのち、根管治療に入る流れとなります。
なお、二次カリエスの範囲が広く根管内部もすべて虫歯におかされ腐ってしまっているケースでは、抜歯をしたのちに義歯治療を行い、失った歯を補う処置をします。
5.詰め物やかぶせ物が取れてしまっていたり、仮歯のまま放置した状態の虫歯
虫歯治療をお受けになった方の中には、一度治療をした歯の詰め物やかぶせ物が取れてそのままにしていたり、仮歯が入った段階で治療を受けるのをやめてしまう方がいらっしゃいますが、そのような状態を放置するのは非常に危険です。
なぜなら、一度削った歯はエナメル質の下の象牙質がむきだしになっているため虫歯の進行スピードが速く、詰め物やかぶせ物が取れた状態を放置しているとあっという間に虫歯が進んでしまうからです。
また、仮歯についてですが、仮歯はあくまでも仮の詰め物・かぶせ物のため、時間がたつと(1ヶ月程度)プラスチックでできた仮歯のすり減りが発生したり、仮歯が崩れ落ちてしまうことがあります。
歯を削って虫歯を取り除いたあとに仮歯が取れてしまうと象牙質がむきだしになるため虫歯の進行スピードは速くなり、気がついたら歯の神経や根管が虫歯菌におかされていた・・・というケースも珍しくありません。
さらに、特に気をつけなければいけないのは治療済みで神経がない歯の詰め物やかぶせ物、仮歯が取れてしまった場合です。
神経を取り去った歯は痛みを感じないため、詰め物やかぶせ物、仮歯が取れても「痛くないから大丈夫」と放置してしまう方がいらっしゃいますが、抜髄をした治療済みの歯をむきだしの状態にしていると非常に速いスピードで虫歯菌が歯の根っこの内部にまで到達してしまいますので、神経を取った歯の詰め物やかぶせ物、仮歯が取れてしまったときにはできるだけ早めに歯科医院で診察を受けるようにしてください。
治療:新しい詰め物やかぶせ物を作成し、再度虫歯治療を行います。
詰め物やかぶせ物、仮歯が取れてしまっている場合には、取れた部分に虫歯ができていないかどうかを確認したのち、再度本歯の詰め物とかぶせ物を作成して治療を行います。(本歯を作成してからそれほど日にちが経っていないケースでは作っておいた本歯をそのまま使用できることもあります)
このとき、取れてしまった部分に虫歯が見つかったときには歯を削るなどの処置を行い、仮歯を入れて型取りをしたのちに本歯を装着するほか、虫歯が進行していて抜髄や根管治療、抜歯が必要なときにはそれぞれの症状に合わせた処置を進めていきます。
【虫歯は痛みがなくてもすぐに歯科医院で診察を受ける必要があります】
虫歯は痛みを感じなくてもできるだけすぐに歯科医院を受診し、適切な治療を受ける必要があります。
痛みがない虫歯の中でも特に昔から多く見受けられるのは、歯が痛くて歯科医院に駆け込み仮歯は入れてもらったものの、「仮歯でいいや」と途中で治療を受けることをやめてしまい、仮歯の下で虫歯が進行してしまうケースです。
このようなケースでは治療を中断したあとに仮歯の下でふたたび虫歯ができて急速に症状が進んでしまい、眠れないほどの激痛を感じるようになったり、抜歯せざるをえない状態にまで虫歯が進行してしまうこともあります。
虫歯治療は自己判断で途中でやめたりせず、最後までしっかり歯を治すことが大切です。
また、詰め物やかぶせ物、仮歯が取れたときや、痛みがなくても歯の見た目がおかしいなど、異常があるときには、できるだけ早めに歯科医院を訪れ、診察を受けるようにしましょう。