患者様の失われた歯の「噛む機能」と「美しい見た目」を取り戻すインプラント治療。
インプラントは人工歯根をあごの骨に直接埋め入れるため非常に安定性が高く、食べ物をしっかりと噛むことができるようになる上、見た目も天然の歯とほとんど変わらないというメリットがあります。
しかし、どんな物事にも「100%安全」ということが無いように、外科的処置を行うインプラント治療には少なからずリスクが存在しています。
事実、近年ではインプラントの失敗や治療中の事故などのニュースを目にする機会も多く、インプラント治療をご選択されるうえでご不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、治療を開始する前に知っておきたい「インプラント治療のリスク」と「安全に治療を受けるために必要な準備」についてご説明します。
インプラント治療をご検討中の方は、ぜひ、今回の記事をご参考になさってみてください。
目次
インプラント治療のリスクと安全性
Q1.インプラントは人体に悪影響があるのでしょうか?
A.インプラントの材料となるチタンは生体となじみやすく(親和性が高い)、整形外科の分野では人工関節、脳神経外科の分野では頭蓋骨の代用として用いられるほど、安全な素材のひとつです。
また、チタンは金属ではありますがアレルギーを発症する可能性が極めて低い、という特性も持があります。
ただし、ごくまれにインプラントのチタンが原因で金属アレルギー反応を起こす患者様もいらっしゃいますので、不安な方は治療前に皮膚科や検査設備が整っている歯科医院で金属アレルギーテストを受けておくことをおすすめします。
Q2.インプラントは誰でも受けることができますか?
A.残念ですが、インプラントは誰でも受けることができる治療ではありません。
インプラント治療ではチタンでできている人工歯根を埋め入れ、患者様のあごの骨と結合させます。
このため、インプラントを埋め入れる際に必要なあごの骨の厚みや高さが不足している場合や、持病や喫煙習慣など、お身体の状態に問題があるときには治療を適用できないケースがあります。
あごの骨の骨量が不足している方はインプラントの埋め入れ手術の際に骨が割れてしまったり、糖尿病や重度の歯周病の方、喫煙習慣のある方は傷の治癒能力が低下していることから埋め入れたインプラントが骨と結合しにくく、なおかつ切開した歯ぐきの傷の回復も遅いため、インプラントをおすすめすることはできません。
ただし、あごの骨の骨量が足りないときには骨の量を増やす「骨造成(骨移植)」を行うことで治療が可能となるケースがあるほか、各種の持病がある方は内科医との連携をとることにより治療が適用できる場合もあります。
また、喫煙習慣がある方は禁煙をしたのち、歯ぐきの血行など、健康状態が改善してインプラント適用可能と判断された場合には治療が適用可能となります。
Q3.手術に危険はともないますか?
A.インプラント治療は「親知らずを抜く」のと同じ程度の手術規模となります。ただし、外科的処置である以上、リスクがまったくないわけではありません。
インプラント手術で発生する恐れがあるリスクとしては、手術中に大きな血管を切ってしまうことによる大量出血や、あごの骨の中の神経を傷つけてしまうことによる唇の感覚麻痺などがあります。
これらのリスクについては、手術の前に患者様のお口の中の状態を精密に検査し、血管や神経の走り方を把握した上で適切な治療が行われていれば、重大な事故が発生することはほぼありません。
Q4.インプラントはどれくらいの寿命ですか?
A.歯科医師の適切な診断のもと、科学的な根拠にもとづいた正しい治療が行われていれば、天然の歯と同じくらいの寿命を保つことが可能です。
ただし、インプラントを長く使い続けるためには、毎日のブラッシングと歯科医院で定期的に受けるメンテナンスが必要となります
もし、これらのケアやメンテナンスを怠ってしまった場合には、埋め入れたインプラントの周辺の歯ぐきが腫れて出血したり膿がでてくる「インプラント周囲炎」を発症してしまい、インプラントが抜け落ちるなどのトラブルが発生することもあります。
Q5.ケアやメンテナンス不足以外の原因でインプラントが抜け落ちてしまうことはありますか?
A.日ごろのブラッシングによるケアをしっかりと行い、歯科医院での定期的なメンテナンスを受けていればインプラントが抜け落ちることはほとんどありません。
しかし、下記のようなケースでは埋め入れたインプラントが抜け落ちることがあります。
- 糖尿病や重度の歯周病など持病をお持ちの方や、喫煙習慣のある方、あごの骨の骨量が不足している方など、治療が適していない患者様に対してインプラント手術を行った場合
- 手術を行う際に治療箇所に細菌が感染した場合
通常であれば、治療の適用が難しい方にインプラント手術を行うことはないのですが、治療が適していない方に安易にインプラント手術を行ったことが原因で「埋め入れたインプラントが骨と結合しない」「インプラントが抜け落ちる」などの事故が発生するケースが増えています。
また、インプラント手術の際に感染対策が十分に行われていない場合には埋め入れた部分の周辺組織が細菌に感染して炎症を起こしてしまい、治療後にインプラントが抜け落ちてしまうことがあります。
インプラント治療の前に行う準備について
インプラント治療をする前に歯科医院で行うこと
精密検査
インプラント治療を行う際には、手術前に事前の検査を必ず行います。
検査の方法は歯科医院ごとによって異なりますが、検査は以下の4種類が一般的に行われています。
治療前の精密検査は手術で発生するリスクを最小限におさえ、治療後にインプラントをしっかりと骨と結合させるために欠かせないものであり、入念な検査を行うことが治療の成否を分けると言っても過言ではありません。
- 血液検査
糖尿病や高血圧症といった全身性の疾患は、症状が重い場合、インプラント手術を行っても治療が失敗するなど、リスクファクターとなることがあります。
このため、治療前には感染症などを含め、手術に差し障りのある症状が見つかればそちらの治療を優先することとなります。 - お口の中の検査
口腔内検査では歯ぐきの状態のチェックやかみ合わせの検査を行います。
検査では治療を受ける患者様に合ったインプラントの最適なサイズや埋め入れを行う位置を入念に検討します。
この際に歯周病や虫歯、かみ合わせの問題が見つかった場合には、手術を行う前にそれらの症状を改善する治療を行う必要があります。 - レントゲン検査
インプラントを埋め入れるためには、あごの骨に最低限の厚みや高さが必要となります。レントゲン検査では、治療を受ける患者様のあごの骨と歯の形状を確認します。 - CT検査
CTとはcomputer tomographyの略で、CT検査ではX線とコンピューターによって撮影された画像により、患者様の身体の断面映像を見ていきます。CTで撮影された断面映像からは身体のそれぞれの臓器の大きさや形、位置などを確認することができ、あごの骨の中を通っている神経や血管の走り方も確認できます。インプラント治療前のCT検査では、それぞれの患者様で異なる血管や神経の走り方を確認しておくことで手術時にこれらの器官を傷つけてしまうリスクを下げることができます。以前はインプラント治療を行う歯科医院でもCTを備えていないところが少なからず見受けられたのですが、今では「CTは安全にインプラント治療を行うためには欠かせない撮影機器である」という認識が国内の歯科医院でも浸透しており、CT検査はインプラント前の準備において必要不可欠な項目のひとつとなっています。
お口の中の環境を整える
インプラント治療前の検査で患者様に歯周病や虫歯が見つかったときには、手術の前に治療を行います。
特に、歯周病を引き起こす歯周病菌は歯を支えるあごの骨を溶かす性質があるため、歯周病の状態のままインプラント手術を行ってしまうと、埋め入れたインプラント周辺の骨が歯周病菌に感染する恐れがでてきます。
歯周病菌による感染症は、天然の歯が歯周病によって抜け落ちるのと同様、埋め入れたインプラントが手術後に抜け落ちてしまう脱落事故の原因になることがあります。
また、歯ぎしりや食いしばりなどのクセは埋め入れたインプラントに問題を引き起こしてしまうことがありますので、インプラント治療前には歯ぎしりや食いしばりの原因となるかみ合わせのチェックをしておくことが重要です。
この際、かみ合わせの乱れが軽度であればそのままインプラント手術を行うことが可能ですが、かみ合わせの乱れが大きい場合にはインプラントは一度保留し、矯正治療をした後に改めてインプラント治療を行います。
もし、歯ぎしりや食いしばりのクセがかみ合わせが原因ではなく矯正治療と関係のない心因的な要素から起きている場合には、手術後にナイトガードなど、専用のマウスピースを就寝時に装着することで埋め入れたインプラントに掛かる負担を減らすことができます。
骨造成などの補助手術を行う
インプラント治療を受ける患者様のあごの骨の厚みや高さが足りない場合には、あごの骨の骨量を増やす骨造成などの補助手術を行います。
骨造成には骨を移植するものや骨を再生させるものなど複数の種類がありますが、どの補助手術を適用するかは患者様のあごの骨の状態によって異なるため、治療前には患者様に合った補助手術を歯科医師が入念に検討する必要があります。
患者様が治療前に備えておくと良いこと
治療の方針をしっかりと理解しておく
インプラント治療は親知らずを抜くのと同程度のリスクがある歯科治療ですが、歯ぐきの切開など、外科的な処置をともなう手術となります。
手術前には患者様ご自身が治療の方針をしっかりと理解し、歯のケアなど、ご自分でできることはきちんと行っておきましょう。
また、インプラント手術に際しては、歯科医師による治療前の指導を守ることも大切です。
現在では、「説明と同意」を意味する「インフォームドコンセント」という言葉が医療の世界で叫ばれているように、患者様が治療の方針を理解しないままインプラント手術を受けるようなことは避けなければいけません。
インプラント治療は、患者様と歯科医師が信頼関係を築いた上で手術を行うことが良い治療結果につながりますので、もし、治療前に少しでも不安なことやお悩みがあれば、ご遠慮せずに担当の歯科医師にその旨を伝え、疑問点をたずねるようにしてください。
喫煙や飲酒などの生活習慣を改善しておく
毎日お酒を飲む方、そしてタバコを吸う喫煙習慣がある方は少なくありません。
しかし、これらの飲酒や喫煙行為は埋め入れたインプラントと骨との結合に悪影響をおよぼすほか、特に喫煙習慣がある方は手術後の傷の回復が遅れてしまうため、インプラント治療を行っても失敗する可能性が非常に高くなります。
「喫煙とインプラントの関係」
感染リスクが上昇する
タバコに含まれているニコチンは免疫機能を働かせる白血球の作用を低下させてしまう性質があるため、細菌が感染した歯ぐきに炎症が発生しやすくなります。
インプラントと骨が結合しにくくなる
ニコチンには血管を収縮させる性質があり、さらに喫煙で発生する一酸化炭素は血液が酸素を運ぶ能力をさまたげてしまうため、血流が悪化していきます。
すると、あごの骨に酸素や栄養が十分に行き届かない状態となり、インプラント手術を行っても骨とチタン金属がうまく結合せず、インプラントが抜け落ちやすくなります。
切開した歯ぐきの傷が治りにくくなる
2.と同様に、喫煙習慣がある方はニコチンによって血流が悪化し栄養が行き届かない状態になるため、手術時に切開した歯ぐきの傷が治りにくくなります。
実際、喫煙者の方に行ったインプラント治療においては、一度は治癒した切開部位が手術後にふたたび開いてしまった、などのトラブルも発生しています。
インプラント周囲炎や歯周病を発症しやすくなる
喫煙行為は血流を悪化させるほか、唾液の分泌量も低下させてしまいます。
自浄作用のある唾液の分泌量が減ってしまうと、治療後にお口の中で細菌が増えてしまい、インプラント周囲炎や歯周病などの感染症を引き起こしやすくなります。
このように、喫煙や飲酒はインプラント治療にとって非常に悪い因子となりますので、インプラントをご検討されている方は治療前、そして治療期間中と治療後にも継続して禁酒と禁煙をしていただくことをおすすめします。
手術前には体調を整えておく
ひどい風邪にかかり高熱がでているときには手術後の治りや症状に影響がでる場合がありますので、手術を延期することがあります。
インプラント手術を受ける前には、患者様がご自身でしっかりと体調を管理しておくことが大切です。
リスクと安全性をきちんと理解した上で治療を受けるようにしましょう
インプラントは人工歯根を埋め入れるため安定性が高く、治療後の見た目も自然で美しくなるなど、メリットの多い優れた義歯治療のひとつです。
しかし、インプラント治療は外科的処置をともなうためリスクも存在しており、「100%安全でパーフェクトな治療」と断言することはできません。
安全・安心にインプラント治療を受けるためには、患者様ご自身がリスクをきちんと理解した上で、治療実績と経験が豊富な歯科医師が在籍している歯科医院を選ぶことが重要です。