呼吸法には、主に鼻で行う鼻呼吸と口で行う口呼吸がありますが、実は口呼吸はさまざまな問題がある「間違った呼吸法」であるとして、現在、医師や歯科医師など、多くの医療関係者が口呼吸の改善を呼びかけています。
口呼吸が原因となって引き起こされる問題には、骨格や歯並びに異常がでてくる、腎臓病のリスクを高める、などがあり、慢性的な口呼吸は身体の機能や見た目を悪化させ、ときに命に関わるような病気にも繋がってしまう危険性があることが指摘されています。
ここでは、口呼吸にひそむ数々のリスク、そして口呼吸を改善する方法についてご説明をさせていただきます。
目次
口呼吸とは
鼻で呼吸せずに口だけで呼吸を行う「口呼吸」。
口呼吸は、身体やお口の中の健康に悪影響をおよぼす、良くない習慣のひとつです。また、口呼吸によって歯周病が悪化することも明らかになっています。
口呼吸は口腔内のトラブルを招きます
口呼吸が歯周病を悪化させる理由は、一言で言ってしまうと「口が乾燥するため」です。口呼吸を慢性的に行うことによって歯と歯ぐきが乾燥してしまい、お口の中にひそんでいる歯周病菌が粘度を持つようになり、歯に付着しやすくなります。
そして、歯周病菌を始めとするお口の中の細菌類は嫌気性菌であり、乾燥している環境で繁殖しやすいという性質があるため、口呼吸を慢性的に行う→お口の中が乾燥する→歯周病菌が繁殖して病気が進行する、という悪循環におちいってしまうのです。
口呼吸が歯周病を悪化させるメカニズム
唾液にはバイ菌に対する抗菌・殺菌作用があります。また、唾液はお口の中を清掃する自浄作用もあり、唾液が歯ぐきや歯の表面に付着している歯周病菌を洗い流すことによって免疫機能を上げ、歯ぐきを歯周病から守っています。
しかし、口呼吸を続けているとお口の中が乾燥して唾液の分泌量が減り、自浄作用がなくなってしまうほか、粘膜が乾燥することで歯ぐきの表面が歯周病菌を始めとする細菌にさらされた状態となり、その結果、歯ぐきの炎症が進行して歯周病の症状が悪化してしまいます。
口呼吸は虫歯の症状も進行させてしまいます
唾液はお口の中の湿度を保ったり食べ物をやわらかくして消化しやすくするという役割以外にも、虫歯の原因になる酸を中和する働きも持っています。
さらに、唾液の中には虫歯菌が出す酸や食べ物に含まれている酸によって溶けてしまった歯のエナメル質を修復する働きもあります。(再石灰化)
しかし、口呼吸を慢性的に行っているとお口の中が自然と乾くため、唾液による歯の修復機能が働かなくなり、虫歯が進行しやすくなってしまいます。
口呼吸が引き起こすさまざまな問題について
慢性的な口呼吸は歯周病や虫歯の症状を悪化させるだけではなく、お口の中が乾燥することによってそのほかのさまざまな問題を引き起こします。
感染症にかかるリスクが高まる
口呼吸が慢性化している方は、そうではない鼻呼吸の方と比べて感染症にかかるリスクが高くなります。
そもそも、人の呼吸は鼻を使って行うのが本来の方法であり、鼻は鼻腔内の繊毛(=鼻毛)や粘液によって異物を取り除くことで吸い込んだ空気を綺麗にするフィルターとしての機能を果たしているほか、鼻で吸い込んだ冷たい空気を加湿して温めてから肺に送り込む、という役割を持っています。
しかし、口には鼻のような繊毛もなくフィルター機能はありませんので、口から息を吸い込んで呼吸する口呼吸はウイルスや冷たい空気を直接体内へ送り込むこととなり、その結果として、風邪やインフルエンザを始めとする各種の感染症にかかるリスクが高まってしまうのです。
身体の疲れ・集中力の低下を招く
慢性化した口呼吸は、身体の疲れや集中力の低下を招く恐れがあることが指摘されています。
実際、過去に行われた研究(※)においては、「口で呼吸をする口呼吸は鼻呼吸と比べて体内に供給される酸素の量が18%減少する」という研究結果が報告がされています。(※ アメリカの歯科医師 Yosh Jefferson氏による口呼吸の研究)
口呼吸は、一見すると鼻呼吸よりも多くの空気を体内に取り込むことができるように見えます。
しかし、呼吸で吸い込んだ空気の中の酸素を効率的に肺胞に取り込ませるためには空気の温度や湿度が非常に重要であり、その点に着目した場合、口からダイレクトに吸い込んだ空気よりも鼻の穴から吸い込んだ空気の方が結果的に肺胞になじみやすく、酸素の供給量は鼻呼吸の方が多いことが明らかになっています。
睡眠時無呼吸症候群の引き金になる
睡眠時無呼吸症候群とは、眠っているときに呼吸ができない状態となり、10秒間以上の無呼吸状態を睡眠中に何回も繰り返してしまう病気です。
睡眠時無呼吸症候群を発症すると、無呼吸の影響で睡眠中に何度も脳が覚醒してしまい、十分に休養を得ることができなくなるほか、起きているときに常に眠気に襲われるようになってしまったり、さらには高血圧、心不全、脳血管障害などの重大な病気リスクも高まってしまいます。
このように、さまざまな病気を引き起こす恐れがある睡眠時無呼吸症候群ですが、口呼吸との関係については、具体的には、口呼吸によってのどの奥に舌が落ち込む「低位舌(ていいぜつ)」が無呼吸の引き金になる可能性が指摘されています。
人の舌は本来自然な状態であれば、口を閉じたときに舌の位置が上あごの前歯のすぐ後ろの部分にあって、上あごの天井部分に軽くついているのが正常であるのに対し、口呼吸によってポカンと口を開けた状態が慢性的に続くと舌が上あごの天井から離れてしまい、だんだん舌がのどの奥の方へ落ち込んでいくようになります。
これが、口呼吸が原因で発生する低位舌の症状です。
そして、この低位舌の状態が特に顕著にあらわれるのが眠っているときであり、睡眠中に奥に落ち込んだ舌がいびきなどの睡眠時無呼吸症候群の各症状を引き起こすことが判明しています。
口呼吸で発生する低位舌が厄介なのは、寝ているときに低位舌が原因で呼吸が苦しくなる→息ができないのでさらに口を開けて口呼吸で空気を取り込もうとする→口呼吸によって低位舌の症状が進行するという悪循環が発生してしまうことであり、口呼吸、低位舌、そして睡眠時無呼吸症候群には深い関係性があることが指摘されています。
歯並びや骨格にまで影響がでてくる
幼少時の頃から口呼吸が習慣化してしまうと、歯並びや顔の骨格にまでさまざまな影響がでてくる恐れがあります。
前の項でご説明したように、舌は本来、上あごの天井部分に軽くふれながら、上の前歯のすぐ後ろにあるのが舌の正しい位置であり、幼少期に舌が常に上あごの天井の正しい位置にふれていることによって正中口蓋縫合(せいちゅうこうがいほうごう)という上あごのつなぎ目が少しずつ押し広げられ、上あごが成長していきます。
この、「舌を上あごに触れさせることでつなぎ目を押し広げる」という現象は、上あごを正しく成長させて歯が綺麗に並ぶスペースを確保する上で非常に重要な項目となります。
しかし、口呼吸で舌がのどの奥の方に落ち込み低位舌となっている子どもは、本来であれば舌の力で自然と押し広げられる上あごのつなぎ目がスムーズに広がらず、上あごの成長が滞ってしまい、歯が生えるスペースがなくなり歯並びが乱れてしまう危険性があることが指摘されています。
また、低位舌は舌が常に下あごや下あごの前歯を押す形となるため、歯と歯のあいだにすき間ができやすく、同時に下あごが過剰に成長しやすくなることから受け口(反対咬合)や、開咬(かいこう、オープンバイト=上下の前歯がかみ合わせられない状態)になることもあります。
さらに、口呼吸が原因の低位舌は、あごがひっこんでしまい独特な表情になる「アデノイド顔貌(あでのいどがんぼう)」を引き起こすこともあります。
アデノイド顔貌は鼻の奥にある咽頭扁桃(いんとうへんとう=アデノイド)というリンパ組織が肥大することによって発生する症状であり、アデノイドが肥大して鼻で呼吸しづらい状態となった方は慢性的に口呼吸を行うようになるため、下あごが後退してしまい、顔の形がまるであごがまったくないような独特の輪郭に変形する、という特徴があります。
慢性的な口呼吸が下あごの後退を引き起こす理由
- 常に口をポカンと開けて口呼吸をしていると唇の周りの筋肉である口輪筋(こうりんきん)という筋肉がおとろえてくる。
- 口輪筋はお顔全体の筋肉とつながっているため、次第に目や頬、口やあごなど、お顔全体が崩れて垂れ下がってしまう。
- 全体の筋肉バランスが失われた顔は、下あごが下方にばかり成長する傾向が強くなる。(下あごが正しく成長しなくなる)
- その結果、下あごがしっかりと成長せずアデノイド顔貌になる。
腎臓病の原因になることがある
これはまだはっきりと解明された訳ではないのですが、口呼吸は腎臓病の一種であるIgA腎症を引き起こす可能性があることが指摘されています。
IgA腎症とは、腎臓の糸球体という部分に免疫グロブリン(抗体としての働きを持つ身体の中のたんぱく質の一種)のIgAが沈殿していく病気で、症状が進行すると免疫複合体(細菌やウイルスなどの外敵を身体の免疫細胞が取り込みできたもの)が腎臓内に溜まってしまい、腎不全など、腎臓の機能が停止する状態に陥ることもある怖い病気です。
通常、鼻呼吸をしている人であれば、細菌やウイルスを防ぐ役割を持つ扁桃腺で処理した免疫複合体が腎臓に送り込まれる量は、腎臓でろ過することができる、対処可能な量となります。
しかし、口呼吸をしている人の場合、お口の中が乾燥して扁桃腺に細菌やウイルスが到達しやすくなるため、扁桃腺では免疫細胞が大量の細菌やウイルスと戦うこととなり、鼻呼吸のときよりも多くの免疫複合体が生みだされてしまうのです。
その結果、扁桃腺から腎臓に送り込まれる免疫複合体が増えて腎臓に大きな負担がかかってしまい、IgA腎症などの腎臓病を引き起こす原因になるほか、最悪の場合、大量の免疫複合体を腎臓が処理しきれなくなり腎不全の状態に追い込まれてしまうなど、慢性的な口呼吸が腎臓に重篤な症状を引き起こす恐れがあることが指摘されています。
あなたは大丈夫!?口呼吸チェックリスト
- 日ごろからポカンと口を開けている
- 目覚めたときに口が開き、唇が乾いている
- 目覚めたときに口の中がネバついている
- 目覚めたときに口が中にヒリヒリとした痛みを感じる
- 目覚めたときに口臭を感じる
- 毎日歯を磨いているのに歯ぐきから出血する
- 毎日歯を磨いているのに歯の表面に歯石がつく
- 毎日歯を磨いているのに虫歯になることが多い
- 歯並びやかみ合わせが乱れている
- 口の中に口内炎ができやすい
- しょっちゅう風邪をひいている
- いつも鼻がつまっている
- 肌荒れがひどい
- 横向きやうつぶせで寝るクセがある
- アレルギーを持っている
上記のうち、3つ以上の項目に当てはまる方は、無意識に口呼吸をしている可能性があります。
口呼吸の改善方法について
口呼吸は「鼻で呼吸すればクセが直る」という単純なものではなく、原因によっては口呼吸の習慣を改善するのが困難となる場合もあります。
たとえば、口呼吸の原因がアデノイドの肥大である場合にはアデノイドを切除する手術を耳鼻咽喉科で行う必要があり、鼻炎が原因で鼻がつまっているケースでも、同じく耳鼻咽喉科で鼻炎の治療を受けなければいけません。
また、歯のかみ合わせや歯並びの乱れが原因で口呼吸になっている場合には、歯科医院で歯列矯正治療を受け、歯を正しい位置に整える必要があります。
しかし、歯列矯正は中高年以上の方になると治療が困難になるケースも多いため、一概に「口呼吸を直す」と言っても、一度習慣化してしまったクセを直すのはかんたんなことではありません。
ただし、誰もが実践できる口呼吸の改善方法としては、唇の周りの筋肉である口輪筋を鍛える、という目的で行う以下の方法があります。
- 食事は正しい姿勢でとり、両側の歯を均等に使いながら1口で30回以上かむようにする。
- 砂糖が含まれていないガムやキシリトールガムを1日2回、1回あたり15分以上かむようにする。
- 「パタカラ」という専用の器具を使い、口輪筋の筋力を強化するトレーニングを行う。
- 口の両端に指をひっかけ、横へ引っ張る
- タコのように唇をとがらせる
(上記の各動作を20回程度行う。) - 割り箸を上下の唇全体で強くはさみ、その状態を2分間維持する。
できることから始めましょう。
口元のお悩みはまず歯科医師に相談を
お口や身体全体にさまざな悪影響をおよぼす口呼吸ですが、ケースによっては適切な治療を受けることで症状の改善が十分に可能であり、最後の項目でお伝えした「口輪筋トレーニング」も口呼吸のクセを直すのに役立ちます。
口呼吸を引き起こす原因は数多く存在していますが、口呼吸を続けることで歯周病や虫歯のリスクが高まるのは共通した症状のため、口呼吸など、口元にお悩みがある場合には、まずは一度歯科医院を訪れ、歯科医師による診察をお受けになることをおすすめします。